近年、移動の利便性向上につながるサービスとして「MaaS」が注目されています。2018年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018」でも次世代モビリティ・システムの構築が重点分野に取り上げられ 、MaaSはその中心を担う存在です。
地方における高齢化やバス・鉄道の路線廃止など、移動手段の確保や利便性向上は、特に日本で対策が急がれる分野です。MaaSは、このような地域課題を解決する観点からも注目されています。
本記事では、MaaSの意味や目的、国内での事例、メリットやデメリット、日本の現状や今後の課題、展望を解説します。
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1.MaaS(マース)とは?
MaaS(Mobility as a Service:モビリティ・アズ・ア・サービス)とは、複数の交通手段を最適に組み合わせ、「検索」「予約」「決済」などを一括で行えるサービスのことです。
従来、人が移動するときは鉄道やバス、タクシーなどのいずれかを利用し、それぞれの手段別に予約や決済を行っていました。
例えば東京から名古屋へ新幹線で移動したい場合、自宅の最寄り駅から新幹線の発着駅までの交通手段、新幹線のチケット、名古屋に到着してからの移動手段などをそれぞれ調べ、予約や料金の支払いをしなければなりません。
交通経路は一括サイトなどで調べられても、各サービスの予約はそれぞれの公式サイトやアプリなどで行わなければならず、手間がかかります。
しかし、MaaSが導入されると鉄道やバス、タクシーやカーシェアリングなどの検索や予約、決済を1つのサイトまたはアプリなどで行えます。
また、移動に付随するサービスとして、ホテルやレストラン、病院や行政の予約なども1つのサイトまたはアプリなどで行うことができれば、利用者の利便性はより高まります。
MaaSは、情報通信技術(ICT)の発達を背景に、上記のようなさまざまなサービスを1つに統合する取り組みです。
2.MaaS(マース)の目的
MaaSの基本的な考え方は以前から提唱されていましたが、実際の交通機関を使って実証実験を最初に行ったのは北欧のフィンランドです。フィンランドでは移動手段が車に依存しており、交通渋滞やCO2の増加が課題に挙げられていました。
フィンランドでは、2016年からMaaS Global社が開発したアプリ「Whim(ウィム)」の実証実験を、首都のヘルシンキで開始しました。その結果、Whimの利用者のマイカー使用率が減り、公共交通機関の利用が増えました。
フィンランドでの実証実験の結果を経て、MaaSは世界各国で導入の動きが加速しました。日本でも、2019年から日本版MaaSの実現へ向け、さまざまな取り組みが始まっています。
特に日本の場合、地域住民の移動手段の確保などは一刻を争う課題です。そのため、解決したい地域課題として、公共交通機関の維持・利便性向上、観光客の増加、外出機会の創出や地域活性化などを含めた検討が進んでいます。
3.MaaS(マース)の国内事例
MaaSは、国内の交通産業を支える企業や国、地方自治体など、さまざまな団体で取り組まれています。以下では、自動車業界や鉄道産業、中核都市で行われているMaaSの事例を紹介します。
自動車業界の事例
自動車業界の事例には、トヨタ自動車とトヨタコネクティッドが構築した「MSPF(モビリティサービス・プラットフォーム)」が挙げられます。
MSPFはモビリティサービス向けに多彩な機能を提供するプラットフォームです。世界中の「コネクティッドカー」から集約される車両ビックデータを活用し、車両管理や認証機能のAPI(ソフトウェア同士が情報をやりとりするインターフェース)を提供しています。
なお、コネクティッドカーとは、ICT端末としての機能をもつ車のことです。
そのほか、トヨタ自動車では早期からMaaSの実証実験を行っていました。西日本鉄道と協力して開発された「my route(マイルート)」は、その一例です。
my routeでは、鉄道やバス、タクシーやレンタカーなどの複数の移動手段を組み合わせ、ルート検索や予約、支払いができます。2018年11月から福岡県福岡市で実証実験を開始し、交通手段の利便性向上を図っています。
鉄道業界の事例
鉄道業界では、JR東日本がMaaSプラットフォーム「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」の開発を進めています。
モビリティ・リンケージ・プラットフォームは、JR東日本が有する鉄道ネットワークを中心に、タクシーやバス、目的地での二次交通や三次交通など、移動のための「情報」「購入」「決済」を、ユーザーにオールインワンで提供するプラットフォームです。
「都市・生活」「都市間移動」「地域・観光」をシームレスにつなぎ、移動時間の短縮やストレスフリーな移動の実現を目指しています。
中核都市が主体となった事例
中核都市が主体となったMaaSの事例に挙げられるのは、仙台市で導入されている「仙台MaaS」です。
東北の中核都市である仙台市では、そのほかの地方都市と同様に車への依存が高い傾向があります。しかし、公共交通機関を利用する方と比べ、車を使用する方は街中での滞在時間が短く、特に仙台駅周辺に留まる傾向が見られました。
そこで仙台市ではMaaSの活用によって、公共交通の利用促進と都心部・街中の回遊性の向上で街の賑わい創出へつなげることを狙いました。
具体的には、路線バスや地下鉄、タクシーなどの公共交通機関や観光施設を対象に、紙チケットをデジタル化し、スマホで簡便に購入できるシステムを構築しています。
また、目的地までのルート検索やチケット購入、チケットの管理などをスマホで完結し、移動手段の利便性向上を図り、都心の回遊を想定したサービスを展開しています。
4.MaaS(マース)の統合レベル
MaaSの統合レベルとは、MaaSの提供で可能となるサービスの統合度を示したものです。統合レベルは0~4まであり、それぞれの内容は以下のとおりです。
統合レベル | 内容 |
---|---|
レベル0 | 統合されておらず、各サービスがバラバラの段階 |
レベル1 | ルート検索や料金表の確認ができるレベルには統合されている段階 |
レベル2 | 複数の交通手段の検索・予約・決済が統合されている段階 |
レベル3 | 複数の交通手段が統合され、さらに定額制またはパッケージ化して提供されている段階 |
レベル4 | まちづくりなど政策や都市計画にレベル3が組み込まれている段階 |
日本におけるMaaSの統合レベルは、レベル1やレベル2を満たすサービスは提供されているものの、フィンランドのアプリ「Whim」のような定額制やサブスクリプションでの提供はまだ少ない状況です。
一方、神奈川県三浦市が取り組んでいる観光型MaaS「三浦COCOON」のように、最終的にレベル4の実現を目指した取り組み(現状はレベル2)も始まっています。
5.MaaS(マース)を導入するメリット
MaaSの導入には、さまざまなメリットが期待されています。主なメリットは以下のとおりです。
- 移動手段の利便性が向上する
- 交通渋滞の緩和につながる
- 観光客の移動をサポートできる
- 将来的な新型輸送サービスの実現につながる
それぞれについて、詳しくみていきましょう。
移動手段の利便性が向上する
MaaSを導入すると、複数の交通手段のシームレスな利用やチケットの簡便な購入など、移動手段の利便性が向上します。
MaaSの導入で公共交通機関などをより使いやすくなるほか、地域住民の移動手段の確保につながる点もメリットです。特に、車を持っていない方や運転免許証を返納した高齢者など、車での移動ができない方にとってMaaSは移動手段を確保する有効な方法です。
交通渋滞の緩和につながる
近年、都市部では車の使用による交通渋滞が問題となっています。MaaSが活用され、公共交通機関やカーシェアリングなどの利用が促進されれば、交通渋滞の緩和につながるかもしれません。
また、全国的に公共交通機関の利用が低迷する背景にあるのは、公共交通機関の利便性の低さが一因です。
フィンランドのアプリ「Whim」のように、定額で公共交通機関が乗り放題になれば、交通渋滞の緩和だけでなく、駐車場不足や路上駐車など、問題解決の足掛かりになるでしょう。
観光客の移動をサポートできる
土地勘のない観光客にとって、旅行先の移動手段の確保は容易ではありません。
しかし、MaaSにより移動手段の利便性を向上できれば、観光客の移動をサポートでき、観光客の来訪増加も期待できます。地域の活性化が見込め、地域の課題を解決する糸口となるでしょう。
将来的な新型輸送サービスの実現につながる
MaaSにより事業者間のデータ連携やプラットフォームの開発が進むと、より活用できるサービスが増えることが期待されます。具体的には、以下のようなサービスが挙げられます。
サービスの名称 | 内容 |
---|---|
AIオンデマンド交通 | AIを活用して効率的な配車をリアルタイムに行うシステム |
グリーンスローモビリティ | 時速20km未満で公道を走る電気自動車を活用した移動サービス |
超小型モビリティ | 車よりもコンパクトで、環境性能に優れた1~2人乗り程度の車両 |
各地域での移動手段に対するニーズは多様化しています。MaaSとともに上記のような新型輸送サービスを実現できれば、利用者のニーズに合ったきめ細やかな対応が可能です。
6.MaaS(マース)を導入するデメリット
MaaSの導入は多様なメリットをもたらす一方、その実現には以下のようなデメリットが存在します。
- サービス提供へ向けた課題をクリアする必要がある
- デジタル・ディバイドが生じるリスクがある
これらの2つの視点から、MaaS導入のデメリットを解説します。
サービス提供へ向けた課題をクリアする必要がある
MaaS導入には、クリアすべき課題が多いことも事実です。
例えば、自由経路でのオンデマンド型乗合サービスを実現させるためには、利用ニーズの把握やニーズを踏まえた効率的な配車・ルート作成が必要です。また、AI活用を通じた運用の最適化も求められるでしょう。
そのほか、鉄道やバス、飛行機など各交通手段の統合にはデータプラットフォームの構築が必要です。しかし、各地域で持続的にデータプラットフォームを維持するための仕組みは、現在のところ確立できていません。
MaaSの導入には実証事業を通じて課題を洗い出し、解決策を実行していくプロセスが必要です。
デジタル・ディバイドが生じるリスクがある
デジタル・ディバイドとは、インターネットなどの情報通信技術を利用できる方と利用できない方の間に生じる格差のことです。
MaaSは便利なサービスですが、ほとんどオンライン上で提供されます。高齢者などインターネットやスマホに不慣れで情報リテラシーに課題がある方にとって、MaaSの導入が必ずしも移動手段の利便性に直結するとは限りません。
せっかくMaaSが導入されても、必要とする方が利用できなければ宝の持ち腐れとなる可能性もあります。そのため、MaaSを導入するときには、その使い方を高齢者の方にもわかりやすく伝わるように、周知の工夫や徹底できる仕組みが必要です。
7.日本におけるMaaS(マース)の現状と課題
日本では、国の「日本版MaaS推進・支援事業」や各企業におけるMaaSの取り組みなど、全国各地でMaaSが進んでいます。
ただし、現在の法律はICTを活用した移動サービスを想定していないことから、MaaS導入には法整備の課題があります。また、日本は交通事業が公営ではなく民営である場合が多く、各事業者間でデータ共有に課題があることも事実です。
海外ではこれらのような垣根を超え、公共交通の無料化や不動産分野でのMaaSの検討も進んでいます。今後は日本でも、国や地方自治体、企業が一体となって、モビリティ関連のデータ融合・利活用の推進が求められています。
8.MaaS(マース)の浸透で生活や旅行がより便利に!
MaaSとは、さまざまな団体から提供されている交通手段を統合し、検索や予約、決済をシームレスに行うための取り組みです。MaaSの導入は移動手段の利便性向上とともに、観光客の増加や地域活性化にもつながります。
日本でも、国や企業の取り組みにより、各地でMaaSが導入されています。MaaSのサービスを上手に活用すると、生活や旅行での移動がより便利になるでしょう。
MaaSによるデータ融合・利活用は、移動手段だけでなく、そのほかの分野の利便性向上にも貢献します。今後、行政や民間企業が一体となった推進が求められます。