自動車の購入を検討する際、皆さんはどのような点を考慮されるでしょうか。運転する方のライフスタイルや運転特性によってさまざまな選択肢がありますが、「安全」を軸に検討するのも大切です。
今回は、自動車に関する多種多様な研究を行う「一般財団法人日本自動車研究所(JARI)」で自動走行研究部の主任研究員を務める菊地一範さんに、事故の「予防安全」研究についてお話を伺いました。
- 目次
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1.産官学と連携して自動車研究を行うJARI
― よろしくお願いします。まず一般財団法人日本自動車研究所(JARI)では、どのような事業を行っているのでしょうか。
JARIは、「環境」「安全」「新モビリティ」の3分野で自動車に関する総合的な研究を行う中立的な試験研究機関です。自動車社会の健全な進展に貢献するために発足し、産学官で連携しながら研究活動をしています。
自主的に取り組む先進的な研究や国から委託された社会的ニーズに応える研究によって当所の研究力を高め、その成果を学会講演会や論文、ホームページ、展示会等を通じて広く一般公開しています。
そこで得られた知見と技術を活用し、業界団体さまや一般企業さまからの研究・試験にも取り組んでいます。
2.予防安全とは「事故を起こさせない」技術
― 本日は「予防安全」の研究についてお伺いします。これはどのような研究なのでしょうか?
最近はメディアで取り上げられ始めていますが、まだ一般の方は耳慣れない言葉かもしれません。
「予防安全(Active Safety)」とは「衝突安全(Passive Safety)」の対義語で、1990年代から2000年代前半に使われるようになりました。
「衝突安全」は車が何かに衝突した際に乗員や衝突した対象、歩行者などに対する保護性能を高めたり、障害程度を下げたりする技術を指します。それに対して、そもそも事故を起こさせない技術が「予防安全」の技術です。
予防安全は「人」「道」「車」それぞれの視点で研究されます。まず「人」に関しては、ドライバーの教育、歩行者や自転車に乗る人に対する教育です。「道」は信号や道路の作り方、構造などに関する内容を指します。
JARIが一番得意とするのは、やはり自動車研究所という名前のとおり「車」に関する予防安全研究です。自動車にどのような技術が導入されれば事故が予防できるのかを研究しています。
3.事故メカニズムの仮説をテストコースで検証
- 出典
- 一般財団法人 日本自動車研究所(JARI)
― 「車」に関する予防安全研究では、具体的にどのようなことをするのですか? まずは事故が起きる原因、事故メカニズムを知る必要があります。
例えば、「交通事故総合分析センター」という公益法人が集積している人身事故に関してのマクロ事故データを使わせていただいて、高齢ドライバーに多い事故、未就学児の歩行者に対して多く起きている事故といったように、事故を大きな視点で分析するところから始めます。
その次の段階として、ミクロ的な事故データを活用して対策の仮説を立てていきます。交通事故総合分析センターのミクロ事故データは、事故現場1件1件の詳細な状況や環境が記録されています。また最近はドライブレコーダーの映像も使用できるようになってきました。
東京農工大さんでは「ヒヤリハットデータベース」という、事故寸前の危険な状態だった事例を映像データなどで集めています。こうしたデータも活用させていただきながら事故の細かい原因と対策の仮説を立てていきます。
― 仮説を立てたら、どのように検証するのでしょうか。
仮説の検証が、私たちの一番得意な仕事です。茨城県つくば市にあるJARI独自のテストコース「自動運転評価拠点Jtown」を使用した検証がその1つです。
コースには坂道や交差点、見通しの悪いカーブ、信号がない道など市街地を模したさまざまな環境があります。普段から運転をされる方や歩行者の方に実験参加者として協力いただき、仮説を検証しています。
4.複雑・危険な場面はVRやシミュレータを使って検証
- 出典
- 一般財団法人 日本自動車研究所(JARI)
― 検証には本物の車を使うのでしょうか?
危険な場面は再現できませんので、実験内容によっては独自に開発したいくつかの装置を使用します。その一つが「JARI-ARV(拡張現実実験車)」という装置です。
これは車両ボンネット上にビデオカメラと大型モニターを搭載している車で、このカメラで撮影した映像をモニターに表示して運転してもらうというものです。
モニターに仮想の車や歩行者を合成表示できるので、実際に起こり得る危険な場面を安全に再現しながら実験できます。
実験条件をさらにシビアに整えたいときは「全方位視野ドライビングシミュレータ」というものを使います。
これはゲームセンターにあるドライビングゲームのすごく大きいものをイメージしていただくといいかもしれません。車体の周りを360°スクリーンで囲っている装置で、実際に走りはしませんが、映像が動くため街の中を走っているような体験ができます。
これを使うと危険な場面も再現できますし、テストコースでは走れない高い速度や複雑な場面が必要な場合は、このシミュレータを使ってデータを収集します。
5.高齢ドライバーは「認知」「判断」「操作」の個人差が大きい
― 高齢ドライバーの安全対策についても研究されているそうですね。
高齢ドライバーの方にも先ほど紹介したようなシミュレータ装置を使って、安全対策の検討にご協力いただいています。
一般的に「高齢ドライバーは若いドライバーよりも運転中の反応が遅れる」というふうに考えられていると思いますが、実はドライバーによって事故の原因はさまざまです。
歩行者などを認知するのが遅れる方もいれば、認知はしていてもブレーキを踏むのかハンドルを切るのかといった判断が遅れる方もいますし、筋力の低下でブレーキが早く強く踏めないなど運転操作に問題がある場合もあります。
高齢ドライバーの安全対策を考える上で難しいのはこの個人差が大きいことです。若い方が起こす事故よりも、原因が複雑であるという特徴があります。
JARIでは協力してくださるドライバーの認知力や筋力などを測定する能力テストも行いながら、検証を行っています。
6.運転支援システム試験は夜間の実施も
- 出典
- 一般財団法人 日本自動車研究所(JARI)
― 運転支援システムの研究についても教えてください。
運転支援システムとは、ドライバーのうっかりミスや操作負担を減らすための装置です。JARIでは、2021年11月以降に発売されている新型車で標準装備となっている「衝突被害軽減ブレーキ」など、さまざまな運転支援システムの開発・性能評価に関する実験や研究を行っています。
先ほどの全方位視野ドライビングシュミレータは運転支援システムの研究でも活用でき、組み込んだ支援システムをドライバーはどのように使うのか、どのように運転が変わるのかというデータを提供して、システムの国際規格・基準に対応するためのお手伝いをしています。
こうした取り組みではつくば市のテストコースは手狭なので、つくば市と同じ茨城県内の城里町にある「城里テストセンター」を使用しています。
衝突被害軽減ブレーキの試験では、車だけでなく歩行者や自転車などを回避対象とする性能評価を行っています。歩行者に関しては夜間であるとか、自転車の場合には見通しの悪い場所から現れる場面など、実際の事故実態として重要なケースでの性能の評価試験も実施しています。
7.社会全体に資する自動車研究を進めていきたい
― 事故を起こさせない予防安全の研究には、さまざまな条件での実験が不可欠なのだとわかりました。研究の成果が一般の方に届いていると感じることはありますか?
私がJARIに勤め始めた頃に比べて、「安全」にお金を使ってくださるユーザーさんが増えているので、予防安全の取り組みをしてきてよかったと感じています。
新しいカーナビやオーディオだけでなく、安全装置を目当てに車を購入していただけることが増えているのはとても嬉しいですね。
― 今後の目標などありましたらお聞かせください。
今まで評価されている衝突被害軽減ブレーキは、車が直進している状態の試験です。今後は交差点進入時や右左折時など、多様なシチュエーションを設定して研究を進めていく必要があります。
また、今後は運転支援システムに加えて、自動運転の早期実用化・普及にも貢献したいと考えています。自動運転の技術が普及すれば、免許を持っていない方にとっても、公共交通機関など移動の手段がより安心・安全で便利なものになるでしょう。社会全体に資する取り組みとして、積極的に取り組んでいきたいと考えています。
― 最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
運転支援システムは日進月歩で進化しているものの、気象条件などによって限界はありますので、いかなる時でも救ってくれるものではまだありません。
ドライバーの皆さんにはこれまで以上の安全運転を心がけていただいた上で、保険と同じように「転ばぬ先の杖」として安全装置付きの車を選んでいただけたらと思います。
衝突被害軽減ブレーキだけでなく、ペダル踏み間違い時の急発進抑制などをサポートしてくれるシステムなどを搭載した「サポカー」もありますので、特に高齢の方が車の買い替えをされる際はこうした選択肢もおすすめしたいです。
― 本日はありがとうございました。
- 一般財団法人 日本自動車研究所(JARI)
- 自動車社会の健全な進展に貢献することを使命とし、自動車に関する総合的な試験・研究を行う一般財団法人。「環境」「安全」「新モビリティ」の3つの分野の研究を実施している。現状の課題解決を行いつつ、将来の社会ニーズを先読みした先進的な研究に取り組むことで、持続可能で安心・安全な車社会の実現を目指す。